夏とはいえ、夜明けはまだまだ肌寒い。山に囲まれた田舎町なら尚更だ。 長袖を着てこなかった事を後悔しつつ、まもるは身震いをした。
「まこと、本当に行くがか?」
県の中心部に移り住み、会社の出張で県外へと赴く事が多くなった為極力標準語で話すようにしていたが、やはり生まれ育った町に戻ってくれば自然と言葉も戻るものだ。 県外の人間にはどうにも乱暴に聞こえてしまうらしいが、まもるはこの言葉が好きだった。
「しつこいにゃあ、お兄、嘘言うたちしゃあないろうがえ。そんなんでわざわざお兄に電話かけたりせんちや」
海外へ行くにしては少ないとも思える大きさのバッグを肩にかけ、妹は頬を膨らませた。
「そう言うたち、お前まだ高校生じゃいか。お金はまあ、うちんくの金があるけ良いけど、言葉とかどうするで。お前英語の成績昔っから悪いろうが」
「心意気で何とかなる」
「海外らァ俺やちまだ行った事ないに…何か変な奴に絡まれたりしたらどうするがで」
お前も女の子なんだぞ、と言いかけて口を噤んだ。男勝りなこの妹は、女だとか子どもだとか言う理由で軽視されるのを酷く嫌う。
「お兄、うちに言いゆうが?そんな奴がおったら逆に叩きのめしちゃうぜよ」
まことの言葉は自惚れでも慢心でもない。事実、この町では大の男でさえまことに敵う奴はとうの昔からいなくなっていたし、天賦の才能と弛まぬ努力によってもたらされたその強さゆえ、この年齢にして道場の師範という前代未聞の肩書きを持っているのだ。
家の中から祖父が出てきた。
「どういた、何しゆうぜ」
「なんちゃあない、お兄が心配しすぎなが」
「でもじいちゃん、僕はやっぱりまことが世界へ出て行くがは、早すぎると思うがですけど」
妹の、強い意志を宿した瞳が向けられる。
「お兄、今更何言うたちうちは行くきね、世界にうちんくの名前を広めるまでは絶対もんてこんきよ。そうお父にも誓ったがやき」
――まもるは溜息を漏らした。数年前の父の葬式の時、日本一強いお父の子だからと、決して泣くまいとしていた妹。そんな子を止めようとする事自体、間違っていた。
まことはバッグと一緒に下げていた胴着を少し持ち上げ、兄にニッ、と笑顔を見せた。
「それに1人で行くがじゃないき。お父もついてくれちょらあ」
祖父が瞳に涙を滲ませて頷く。
「まっことすまんのう…本当じゃったらワシがマサルの代わりに道場立て直しをせんといかざったに、耄碌してしもうて…」
「もうじいちゃん、ぎっちりそれ言いゆう。えいがって、うちがやりたくてやるがやき。それにじいちゃん、まだまだこじゃんち強いじゃいか」
「えいか、まこと。余所へ行ったち礼を重んじる心は忘れたらいかんぞ」
「判っちゅうよ、じいちゃん」
ひとしきりそんな会話を交わした後、日が昇り始めた空を見上げて、まことがぽつりと言った。
「今年の夏は四万十川へ泳ぎに行ったり、よさこい観に行ったりもできんがやねえ…」
そういえば、とまもるが口を開く。
「学校の友達らァにはこの事言うちゅうがか?」
「言うちょりゃせんよ、夏休み中はウチにおらんって言うたばァ」
「…忘れちょったけんど、お母には?」
「言う訳ないじゃいか、そんなん言うたら気絶するっちゃ。うちが行ってからじいちゃんに説明して貰うがよ」
それだとどっちにしろ気絶するのでは…。まもるは早くも、祖父と一緒に必死に母を宥めすかす自分の姿を思い浮かべていた。
「ほいたら、うちもう行くき」
「まこと、せめて空港ばァまでは車でつんでっちゃろうか?」
「えいちや、お兄、げに心配性やねえ。うちの方がお兄の事心配ちや」
「しもうた!」
いきなり祖父が大声を上げた。
「こらめった、すっかり忘れちょったよ。まこと、世界を知るがじゃったらにゃあ、リュウ言う格闘家覚えちょき。その世界じゃこじゃんと有名な、赤ハチマキに胴着の日本の格闘家よ。ワシはこの歳じゃきもう高知からよう出れんけんど、おまんにゃえい経験じゃ、1回でも手ェ合わせたら絶対何ぞ得るもんがあるにかありゃァせんきに」
「うん、判った、リュウやね」
1、2度手を振ってから、もうまことはこちらを振り返らなかった。
「…ホンマにえい子じゃ」
朝日の眩しさに目を細め、祖父が呟いた。
「女の子らしい事もひとっちゃあさせちゃれんかったに、文句らァなんも言わん。その上自分から竜胆館を建て直すち言うてくれた。まもる、おまんもおまんで家族想いの優しい子でよ、兄妹揃ってえい子じゃにゃあ」
「じいちゃんの孫ですき」
笑ってそう答えつつも、やはり自分は一生まことには敵いそうもないなと、遠ざかる妹の背中を見詰めながら思うまもるであった。





☆なじ☆
土佐弁が大変楽しかったデス☆(土佐人)
あ、あと「まもる」っちゅーのは捏造ぶっこきのまこ兄の名前でス…もしかしたら「マサル」かもしんないですけどオールアバウトにあわせてマサルはお父ちゃんの名前にー☆




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